第2回97people:影山 剛士さん

影山 剛士さん

影山 剛士さん

Takeshi Kageyama
1974年、静岡県湖西市生まれ。
内閣官房 行政改革推進本部事務局 参事官補佐

◆早稲田大学を選んだ理由は何ですか、あなたにとって早稲田大学はどんな存在ですか?

 出身が静岡県の田舎なので、テレビで早慶戦やラグビー早明戦を観たり、高3の正月の箱根駅伝で早稲田が優勝するのを見て漠然と憧れてた程度でした。

 でも入学してからは、自分が思ってた以上に、全国からわけわからん(笑)優秀だったりおもしろい先輩や同級生などが多く集まってきてて、ものすごい刺激を受けました。

◆学生時代の思い出(楽しかったこと、苦労したこと)は?

 遠州人会という県人会に所属し、4年次には全国早稲田学生会連盟という学生稲門会の全国組織で、「おのぼりさんツアー」という新入生歓迎東京周遊ツアーや早慶戦支援、ダンパ、早稲田祭で各地域名産品の出店などのイベントを行ってました。約40県、2,000人の会員がいたので、花見や麻雀大会など一つ一つの参加人数が多く、また交流団体として応援部のほか慶應・専修・亜細亜大の県人会組織や各女子大の校友会はじめ、うちらの活動の対極にあった学生運動組織も含め非常に幅広い方々とお付き合いさせていただきました。

◆もう1度学生時代に戻れたらやりたいことは?

 あれだけ時間に余裕がある時に、飲んで寝るだけじゃなくてもう少し自分の役に立つよう本を読むとか、社会の役に立つ活動(ボランティアとか)しとけばよかった、と事あるごとに思います。。。

◆これまでのお仕事の中で、心に残る仕事はどんなことですか?

影山 剛士さん 2007年に赴任した中国・上海は、日系企業が8千社、約5万人の日本人が住んでる世界最大の日本人街でした。そこでは現地の経済・金融調査や日系企業支援のほか、旅行・出張中にパスポートをなくした日本人の方々の手続きや日本観光に行く中国人へのビザ発行審査、また教育担当として、世界初の日本人学校高等部を開設する作業などを行いました。日本で少子化といわれる中、上海日本人学校には合計3千人近くの児童・生徒がおり、クラスが1年10組まであったのは驚きでした。

影山 剛士さん 生活環境としては、2010年には船の衝突から反日デモが起こったり、PM2.5という言葉はありませんでしたがスモッグなどで空気は東京より悪かっただろうし、そもそも中国語はほぼ現地でゼロから勉強したため、仕事で相手が話すことの意味がわからなかったり、スーパーでの買い物すらもうまくできず、えんじの歌にある「男は心で涙を流して・・・」を何度も経験しました。でも在任中に北京五輪のほか地元上海で万博が開催されるなど、世界の工場から市場へと高度成長を続け、数百メートル級の高層ビルや地下鉄路線が次々と建設され、何より地元の人々が経済成長・所得上昇を実感して、日本以上の所得格差がありつつも街全体が前向きなエネルギー・パワーに溢れる感じがみなぎる中で過ごせた経験は、大きな財産となりました。

◆趣味は?何をしている時が一番楽しい?リフレッシュ出来ますか?

 日本に帰ってきてから、ラッキーにも神宮球場に比較的近いところに住んでるので、春・秋に大学野球を観に行ったり、秩父宮や国立にラグビー観戦に行って学生たちの歌う応援歌・応援曲などを聴くと、何となく学生時代を懐かしく思い出すとともに元気をもらい、初心にかえってまたがんばろうという気がしてきます。

◆同期へのメッセージをお願いします。

 97年次の同期会イベントに参加させていただくことで、当時の懐かしい仲間と再会できたのはもちろん、学生時代には知り合えなかった同級生とも、同じ時間を早稲田の杜で共有した仲間としてすぐに打ち解けることができ、老朋友(昔からの友人)が増えた気がします。

 そろそろ不惑を迎える世代として、それぞれ仕事などに忙しく一つ一つのイベント参加人数はさほど多くないかもしれませんが、ぜひ可能な範囲で各種イベントに足を運んでいただき、新たな仲間とともに昔を語らい、明日への活力にしませんか。

影山 剛士さん

影山 剛士さん 1974年、静岡県湖西市生まれ。法学部を5年かけて1998年に卒業した後、財務省・金融庁で予算編成や金融機関の検査・破たん処理に携わり、2007~2011年には中国の上海総領事館に出向してました。日本に帰国後は内閣官房というところで、行政改革を担当しています。
 今の部署は民主党政権時代には事業仕分けを担当していたところで、社会保障・税の一体改革で消費税率を上げるのと裏腹に役所のムダを削るため、公務員給与のほか特殊法人・独立行政法人や政策金融機関の身を切る仕事です。たとえば最近ではUR(都市再生機構)の組織見直しを検討するなどしてました。
 昨年衆議院が解散し、国会に出してた法律案が自動的に廃案になってしまったため、新政権になってからは今までの仕事の中身を再点検して、法律を出しなおす作業を進めています。